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神戸地方裁判所 平成5年(ワ)1733号 判決 1995年12月12日

原告

甲野太郎

右法定代理人不在者財産管理人

明石博隆

右訴訟代理人弁護士

小西隆

被告

兵庫県

右代表者知事

貝原俊民

右訴訟代理人弁護士

俵正市

右訴訟復代理人弁護士

寺内則雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(第一事件)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金二〇一三万五六一〇円及びこれに対する平成三年三月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(第二事件)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金二〇一三万五六一〇円及びこれに対する平成五年四月一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(第一事件)

一  請求原因

1 当事者

原告は、昭和三七年一二月一日、被告に奉職し、平成三年一月当時、兵庫県技術吏員(自動車運転員)として被告の社土木事務所に勤務していたが、同月二八日、最後の住所である兵庫県小野市上本町<番地略>を出奔し、以降所在・生死ともに不明となり、神戸家庭裁判所により不在者財産管理人が選任されている者である。

被告は、原告の任免権者である兵庫県知事の属する普通地方公共団体である。

2 不法行為

(一) 原告は、前記のとおり、平成三年一月二八日、最後の住所を去って、所在・生死ともに不明となったため、同年三月三〇日、原告の任免権者である兵庫県知事により、「平成三年一月二八日以降、無断欠勤を続けていることは、全体の奉仕者たるにふさわしくない行為である。」として、地方公務員法二九条一項に基づき、懲戒免職処分を受けた(以下「本件処分」という。)。

(二) しかし、本件処分は、以下に述べるとおり、違法な処分である。

原告は、その最後の住所を去るに際し、原告の妻に対し、被告を退職したいと告げ、退職の意思の所属長への伝達を妻に託した。そこで、原告の妻は、平成三年一月二八日、原告の使者として、原告の所属長である社土木事務所長に対し、口頭で、退職願の意思表示をした。

しかるに、社土木事務所長は、本人作成の書面による退職願でないと受理できないとして、原告の妻の口頭による退職願の受理を拒否し、そのうえで、兵庫県知事は原告を懲戒免職処分とした。

ところで、職員の退職願は、私人の公法行為であるから、特に様式が規定されていない限り、口頭による意思表示も適式・有効であると解される。したがって、任免権者である兵庫県知事は、特段の事情がない限り、速やかにこれを受理して辞職承認処分をすべきであるのに、原告の退職願を受理しないで、懲戒処分としたのは違法というべきである。

また、原告は、借財に窮した挙げ句、最後の住所を出奔し、所在・住所ともに不明となったものであるが、これは分限処分及び懲戒処分のいずれの事由にも該当する。このような場合、行政実例は、当該職員にいずれの処分を行うかは、任命権者の裁量によるものとしており、具体的には、他の処分との均衡及び処分が過酷か否か等に配慮して、個別に判断することになるが、原告は、前記のとおり、借財に窮して失踪したのであって、犯罪のような非行を犯したわけではないのであるから、分限免職が相当であり、懲戒免職とするのは明らかに苛酷にすぎるというべきである。

したがって、この点においても、本件処分には、裁量権濫用の違法があるといわなければならない。

3 損害

本件処分により、原告は、二〇一三万五六一〇円の退職手当金請求権を喪失し、同額の損害を被った。

4 よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右損害金二〇一三万五六一〇円及びこれに対する本件処分がされた日である平成三年三月三〇日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 請求原因2(一)は認める。同2(二)のうち、原告が退職の意思の伝達を妻に託したとの点及び原告の出奔の理由が借財の返済に窮したためであるとの点は不知、原告の妻が平成三年一月二八日に当時の社土木事務所長に対し、原告の退職願の意思表示を伝達したとの点及び同所長がその受領を拒否したとの点は否認し、その余の主張は争う。

3 請求原因3は争う。

三  被告の主張

兵庫県知事は、原告の出奔による無断欠勤の後、何らの方策も講ぜずに懲戒処分を行ったのではなく、原告の職場復帰を期し、数少ない情報をもとに、原告の捜索に懸命の努力を傾注してきたのであるが、結局、原告の所在は判明しなかったものである。

被告においては、職員の長期間にわたる無断欠勤は全体の奉仕者としてふさわしくない行為であるため、従来から、当該職員に対し、懲戒免職処分を行ってきたものであり、本件処分に当たっては、これらの処分事例を参酌しつつ、原告が失踪した際の状況、原告の失踪期間等を総合的に勘案し、懲戒免職処分としたものである。

したがって、本件処分には、裁量権の濫用はなく、違法な点はない。

四  被告の主張に対する原告の認否

兵庫県知事が原告の捜索に懸命の努力を傾注してきたとの点は否認し、本件処分に違法な点はないとの主張は争う。

(第二事件)

一  請求原因

1 第一事件請求原因1と同じ。

2 第一事件請求原因2(一)と同じ。

3 行政処分が現実に効力を生ずるためには、それが相手方に到達して、相手方が現実に了知し、又は相手方の了知しうべき状態に置かれる必要があるところ、本件処分の辞令書は、被処分者である原告に直接交付されておらず、その他の適式な方法によっても送達されていないから、本件処分の効力は生じていない。

4 しかるところ、原告は、昭和七年五月一一日生まれであるから、平成五年三月三一日に被告を定年退職した。

5 原告の退職時における給料月額は、三六万九八〇〇円であり、原告の勤続期間は三〇年四か月であるから、被告の職員の退職手当に関する条例によれば、原告が被告から支払いを受けるべき退職手当の額は二〇一三万五六一〇円となる。

6 よって、原告は、被告に対し、被告の職員の退職手当に関する条例に基づき、退職手当二〇一三万五六一〇円の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2に対する認否は、第一事件請求原因1、2(一)に対する認否と同じ。

2 請求原因3、5は否認する。同4のうち、原告が昭和七年五月一一日生まれであることは認め、その余は否認する。

三  被告の主張

兵庫県知事は、平成三年三月三〇日、兵庫県土木事務所長をして、本件処分に係る人事発令通知書及び処分説明書を原告の妻に交付させ、同日付けで右人事発令通知書の内容を兵庫県公報を登載するとともに、原告の現住所あてに右兵庫県公報を送達している。

これによって、本件処分の内容は被処分者である原告が了知しうべき状態におかれているから、本件処分は、原告に送達され、効力を生じているというべきである。

四  被告の主張に対する原告の反論

被告においては、人事院規則一二―〇第五条二項の規定に相当するような条例すなわち、職員の所在を知ることができない場合には、辞令書の内容を公報に掲載することをもって辞令書の交付に代えることが出来るものとし、右公報に掲載された日から一定期間を経過したときに辞令書の交付があったものとみなす旨の条例上の定めはないから、被告主張のような方法を採ったとしても、辞令書が相手方である被処分者に何時到達したかを擬制することはできず、免職の効力発生時を確定することができない。

したがって、右のような方法によっては、免職の効力は発生しないものというべきであり、本件処分の辞令書及び処分説明書は、民法九七条ノ二の規定に基づく公示送達もなされていない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  第一事件について

1  請求原因1及び同2(一)は当事者間に争いがない。

2  請求原因2(二)について

(一)  まず、原告の辞職の意思表示が原告の妻の甲野ひとみ(以下「ひとみ」という。)により口頭で伝達されていたのに、これを受領せずに懲戒免職処分としたのは違法である旨の主張について検討する。

証人ひとみの証言により成立が認められる甲第四号証及び同証言によれば、後記認定のとおり、平成三年一月二八日未明に帰宅した原告が、ひとみや息子達に対し、「わしはもうあかん。役所も辞める。死ぬしかない。あとのことはよろしく頼む。」などと言ったので、ひとみが原告に対し、「役所を辞めるのなら辞めるで、明日役所へ行ってちゃんとせなあかん。」と言ったところ、「お前が行って、ちゃんと手続をしてくれ。」と言って、職員バッチ、職員証明書、共済組合員証、作業服等を差し出し、辞職の意思の上司への伝達をひとみに依頼したことが認められる。

しかし、ひとみが当時の原告の上司である岸本副所長及び吉田課長等に対して原告の辞職の意思表示を伝達したという事実は本件全証拠によってもこれを認めるに足りない(ひとみの証言によっても、ひとみは、平成三年一月二八日午前に吉田課長と面談し、同日午後にも、原告方を訪れた岸本副所長及び吉田課長と面談しているが、それらの面談の内容は、夫である原告の失踪に伴う善後策の相談に尽きるのであって、ひとみが右上司らに対し、原告の使者として辞職の意思を確定的に述べたという事実は認められず、また、原告の職員バッチ、職員証明書、共済組合員証等についても、右上司らの質問に対し、原告がこれらが自宅にあると答えたのみであり、これらを右上司らに提出したというような事実を認めることもできない。)。

そうすると、原告の右主張は、その前提を欠き、理由がない。

(二)  次に、原告の裁量権濫用の主張について検討する。

公務員につき、法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分を行うかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解されるから、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

これを本件についてみると、原告が、平成三年一月二八日から同年三月三〇日までの間、勤務先である兵庫県社土木事務所を無断で欠勤していたことは当事者間に争いがなく、右行為が地方公務員法二九条一項に定める懲戒事由に該当することは明らかである。

そして、前掲甲第四号証及び証人ひとみの証言によれば、原告が自宅のローンのほかにサラ金などで多額の借金をし、昭和六〇年三月ころ、右借金を苦にして一〇日程自宅に帰らなかったということがあり、妻のひとみが当時の原告の直属の上司である嶋田隆司(以下「嶋田」という。)に相談したところ、嶋田から、原告が借金のために家に帰れないと言っていると告げられたので、ひとみが原告に問いただしたところ、原告が五〇〇万円程の借金があると打ち明けたこと、そこで、ひとみや原告の息子らが協力して右借金を返済してゆく態勢を取っていたが、平成三年一月頃、原告がひとみに対し、借金の返済に充てると言って二〇万円を用意させ、その金を受け取って外出したまま帰宅しない日が一〇日程続いた後、同月二八日の未明にいったん帰宅し、前記のとおり、「役所を辞める。お前が行って、ちゃんと手続をしてくれ。」などと言って、辞職の意思の上司への伝達を依頼した後、すぐ外出し、その後何の連絡もないまま所在・生死ともに不明となっていること、原告の失踪後、原告の借金の総額を調査したところ、自宅のローンを除いても約一六〇〇万円に達していたことが、それぞれ認められ、右事実によれば、原告は多額の借金を苦にして失踪したものであると推認され、無断欠勤の原因が犯罪等の非行によるものではないことが窺われる。

しかし、いずれも成立に争いのない乙第一ないし第四号証の各一、二によれば、被告においては、昭和五七年一二月一三日から昭和五八年二月二三日まで無断欠勤を続けた技術吏員に対し、昭和六〇年二月一二日から同年三月三〇日まで無断欠勤を続けた技術吏員に対し、平成五年三月一一日から同年六月八日まで無断欠勤を続けた技術吏員に対し、平成五年七月五日から同年一〇月一日まで無断欠勤を続けた技術吏員に対し、いずれも懲戒免職処分がなされていることが認められ、これらの被告における長期無断欠勤者に対する処分例及び原告の無断欠勤の期間が二か月以上に及んでいることに照らせば、本件処分が社会観念上著しく妥当性を欠き、懲戒権者に任された裁量権の範囲を逸脱し、これを濫用してなされたものであるとまでは認めえない。

(三)  したがって、本件処分を違法とする原告の主張はいずれも理由がない。

3  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、第一事件の原告の請求は理由がない。

二  第二事件について

1  請求原因1、2は当事者間に争いがない。

2  請求原因3について

被告の職員の懲戒の手続及び効果に関する条例には、職員に対して懲戒処分を行う場合には、その理由を記載した書面を当該職員に交付しなければならない旨の規定があるが、所在が不明になった職員に対して懲戒免職処分を行う場合の右書面の交付に代わる送達等の手続については、右条例中に定めがなく(この事実は成立に争いのない甲第九号証及び弁論の全趣旨により認められる。)、行政処分一般についても、相手方の所在を知ることができない場合の行政処分の送達に関する通則的規定は存在しない。

行政処分の効力が発生するためには、処分権者の意思表示が相手方に到達することが必要であり、この場合の到達とは、意思表示の一般原則どおり、相手方が現実にこれを了知し、又は了知しうべき状態に置かれることをいうものと解され、本件のように被処分者が所在不明の場合には、民法九七条ノ二に基づく公示送達をすれば、右の了知しうべき状態に置かれたものと解することができる。

しかし、公示送達によることに行政法上の直接の根拠があるわけではなく、むしろ右方法は、相手方の所在が知れない場合の行政処分の送達に関する通則的規定が存在しないことによって生ずる不都合を回避するための便宜的な方法ともいえるから、公示送達以外の方法が一切許されないものではなく、公示送達以外の方法であっても、被処分者が処分を了知しうるような適切な方法を採っている場合には、処分の効力が生ずるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一、証人ひとみの証言及び弁論の全趣旨によれば、被告においては、所在不明となった職員について懲戒処分を行う場合、従来から、処分に係る人事発令通知書を職員の家族に交付するとともに、右発令内容を兵庫県公報に登載することをもって、処分の通知方法としていたこと、本件においても、右取扱いに従い、社土木事務所の中村所長と岸本副所長が、平成三年三月三〇日に原告方を訪れ、人事発令通知書をひとみの面前で読み上げたうえで、ひとみに交付し、かつ、右同日付けの兵庫県公報の号外に、原告に対する右同日付けの人事発令通知書の内容が掲載されたことが認められる。

そこで、かかる方法によることが本件処分において適切な方法といえるかどうかについて検討すると、処分がなされた事実を明確にするため、本人に準ずる者として、家族に人事発令通知書を交付することは、本人が家族と連絡をとればその内容を知りうることに照らしても、合理的であるといえ、その上に、処分がされたことを家族との連絡以外の方法でも知りうるための公示の措置として、発令内容を被告の公報に掲載するという方法を採っているのであるから、人事院規則一二―〇第五条二項と対比しても、被告が採用した方法は適切なものというべきである。

したがって、本件処分は、原告に到達しており、その効力が生じているものということができる。

3  よって、その余の点について判断するまでもなく、第二事件の原告の請求は理由がない。

三  以上の次第で、原告の第一、第二事件の各請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官笠井昇 裁判官太田晃詳 裁判官小林愛子)

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